日野菜種子採取元 田中嘉兵衛氏の文書

最新更新日:2010年11月9日

2010年11月9日

 以下の文書は、日野菜の来歴等を記載されておりますので、いただいた文書をそのまま写し(打ち直し)て掲載するものです。
以前日野菜種子の採種元「近江種苗」の店舗の一部として使用されておられました店舗の写真です。
現在近江種苗は廃業されておられます。
2010年9月現在 この建物も壊され「さら地」になっております。

日野菜に就いて

 1.来歴
 蒲生氏郷日野城下一族の領色「日野の郷」と稱せし今の日野町西大路村東桜谷 北比都佐 南比都佐 朝日野の一部にして蒲生家の居城音羽城にありし時(現西大路村音羽)朝日野鋳物師竹田神社の神宮安井孫九郎吉政
 ある日城下に遊びけるに渓谷即ち爺父渓(俗に藪岨)に見馴れぬ野生の菜ありければ堀り取りて見るに根元は淡紅にして菜は濃緑なり試みて漬けて味ひしに甚だ佳なるを以って之を智閑法師にして歌人蒲生貞秀の号なるに贈る  智閑此の日野菜を當座漬けにして下の和歌1首を添えて飛鳥井雅親に贈れリ 其の歌に

  契りおきて今日は嬉しく出る日の
         菜と暁を怨みわびけむ

  雅親卿更に之を後柏原帝に奉りけるに其の形其の色桜色に似てけるにぞ桜漬と名づけ絵ひ雅親歌つかまつれと勅諚ありければ

  近江なる檜物の里の桜漬け
         これや小春のしるしなるらむ
  と詠み奉る
天皇叡感斜ならず此由飛鳥井家より蒲生家へ御無沙汰ありてより遂に桜漬けとの名あり
 是より蒲生氏上洛のつど必ず献上することとなり当地産のものを用ひしなりと
 其の後は蒲生貞秀(智閑)より六代目蒲生氏郷となりて其の弟善成は姓を儀俄と改め蒲生郡深山口村(現在日野町深山口)住す(当代儀俄嘉一郎氏当村に現住せられ盛に日野菜を自作し且つ奨励せらるる)
善成は領内嘉兵衛なる者に命じて之を栽培せしむ以来深山口特産として名あり嘉兵衛なる者此の種子を世に広くせんと志し宝暦年間より種物商となり諸方へ行商して其の種子を広めたり
 当時にありては赤かぶら 紅菜 赤菜 深山口菜等と種々名稱を附して居りしも嘉永年間の頃より益々各地方に賞美せられ種子を広く各地に移出するに至り日野菜と改稱せしものにして赤菜の上に日野の二字を冠せしは其の当時にありては 現南比都佐近在を日野と稱せしにて名の色の緋と日野の言葉の通せるを以って名を改めたる成りと以来大字深山口に於いて栽培し耕種方法特に採取法につき 研究を重ねること多年深山口特産日野菜の名声を益々世に博する至り近年に至りては其の需要非常に多額に上がりぬ近く「大正六年特別大演習を湖東平野にお行はせむふに際し特に産業御奨励の御思召に接し 天覧の栄を賜ひ知事より賞詞を賜ひたりし是に於いて本村農会に於いても益々栽培を奨励することと共に採取に関しては採取圃を設けて異品種の混種を去け病株の除去に努め一般の管理にいたるまで注意をなし 技術員の指導と相待って純良種子を生産するに至り南比都佐信購販売組合は当業者より取りまとめ一般の需要に応じつつありしも先年組合事務都合上組合は確実なる種子商に委託せしめ組合は 公共団体の需要にのみ応ずる事とせり

2.日野菜の特徴
   蕪菁の1種にして葉は濃緑に稍紫を帯根は太さ五分 長さ八寸位とす
 其端四分は土中に入り白色にして六分は上部に出で紅色にして美麗なり 葉根共に質柔らかに外観好く風味佳にして煮食漬物共に可なれ共特に桜漬として良好なリ

3.栽培法
   肥瘠乾濕を問わず至る処能く生育すれ共砂質壌土最も適当にして畑地に栽培するを普通とす播種は春夏秋三季になすを得べく以下に其の大要を示さむ

 春播=春彼岸3月20日前後に播種し1ヶ月にして収穫するを得べく他の根菜類に先立ちて食膳に上がり珍賞せられ當座漬け又は桜漬しても佳なり

 夏播=八月下旬播種し20日間にして収穫す此頃は他の蔬菜の春蒔のも盡秋播のもの未だ出でさる時にして尤も珍賞せられ何れかの調理にも可なり

 秋播=二百十日前後(九月上旬)播種し十一月下旬収穫す 収穫量及び風味前二者に秀で名物たる桜漬も之に依りて作られ正月の祝盃も賑はされ尤も賞味せらる

 肥料及び管理=施肥量及び種類は土壌における施肥法を述ぶれば(反当)人尿希薄たるもの六十荷(一回二十荷宛生育を見計ひ追肥に施用す)魚肥六貫(元肥として耕す前に施用する)管理としては成育に従い間引きをなし除草をおこなう

 収穫=前途の如く春夏秋共 収穫を得れども秋蒔きは収穫量多く反当り一千貫を得るは稀ならず また市場に於いても需要多く従って価格も他の菜類に比し高価なる相場を見るを常とす

4.漬方
   赤菜を洗い三、四日乾して葉は三分位に刻み根は一寸位の長さに切り之を知短冊に薄く又薄く丸切りとなし葉と根とを別になし置き葉のみに微湯を注ぎ良く揉みて黒き汁を除去し後根と葉とを混合し(又は根と葉と別とするも可)之を 一斗入りの桶一杯に塩二合程を混じ石の重しを置き漬物となす時は一週間ばかりにして桜花の咲き揃いたるが如き色沢美麗にして美味香気あり
 之を名物桜漬と稱し食膳を賑すなり又糠漬となし五六十日を経て食する等何れも可なり

5.種子採取並びに販売
   本村農会に於ては御奨励の思召に接して以来赤誠を仰ぎ種子改良をなさしむための先年藤原農事試験場長の出張を仰ぎ種子改良について長時間に亘る有益なる講演を承りて より当業者に於いても大いに自覚し種子採取に関して最善の努力を拂ひ純良なる物を収集し品評会を催し厳密なる審査をなし之に合格したるもののみを植付ける事とせり
 本事業は毎年十一月下旬移植前に行なう原種圃に生産したる種子は組合員に分配し各自採取用に供す
 採取圃は農会技術員組合委員とともに再三巡回し混変種又は病株の抜取りに努め尚日野菜は他花受精することを恐れ之と同時期に開花する十字架植物は絶対に栽培を禁じ万一油菜等あるを認めれば自他を問わず除去することとせり
 種子としての適否は審査員を設けて再三審査に合格したるものにあらざれば広く販売せざる事となし日野菜本来の特徴を失はざるは本村原産種子の特色なり
 然れ共採取上困難を感ずる点も多くあり当字の稲田は九割までは四時湛水せるものにして採取圃用に供する一部に於いても従って乾燥し易からず然るに日野菜は湿地を忌又乾燥に過ぐる土地にも不適當にして尚漬物用のものは連作を忌まざるも採取用のものは極めて連作を忌み 再三年 四年と連作する時は大いに収穫を減じ品質を悪変する等の事情に因り年に需要者の増加に生産量の伴はざれしが組合員に於いても大いに奮起し本年よりは一層協力一致栽培面積を増加し大いに生産量も増し世の需要に応ずる覚悟と計画を樹てて居ります
   二伸  店は日野菜種子の原産地なるを以って品質を選択し時節柄値段は大勉強にてご用命に応じ皆様のご期待に副ふ様極力奮励努力いたします 何 不相変多少共是非日野菜種は弊店へ御用命賜らん事をお願いも申し上げます

    日野菜種子採取元 田中嘉兵衛  謹白

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