日野菜「交雑種」発見と「日野町深山口区」での雑菜刈り

最新更新日:2006年12月5日

2006年12月1日

 上記の写真は大きな「かぶら」のようでもあり葉は確かに日野菜の葉。 赤みかかった上部も日野菜その物。 堀り起こしてみますとまさしく「かぶら」でした。

 日野菜はアブラナ科に属し、かぶらの一種。写真は「聖護院かぶら?」と日野菜の交雑種だと思われます。
日野町の伝統野菜日野菜は今から約五百年前の室町時代に、時の領主蒲生貞秀公によって、 鎌掛から西大路の山中で発見されたものと伝えられています。 以後日野菜は蒲生貞秀公の孫にあたる蒲生氏郷公の藩替えや、日野商人たちの手によって各地に広がりました。 当時の日野菜の原型はずんぐり、むっくりで大きく曲がっていたようです。
現在のように色鮮やかな赤と白の見事な美形に改良されたのは、 江戸末期から明治、大正にかけて日野で種子業「種源」を営み「源兵衛」を襲名、 数代にわたり現在のような日野菜に改良がされたそうです。
日野菜の原種保存に対し、日野町深山口区では「雑菜刈り」の風習が最近まで行われていました。 雑菜刈り=四月頃アブラナ科の黄色い花(水菜、白菜等)が咲きますと日野菜の種との交雑が心配され、 村の中の収穫忘れのアブラナ科の野菜があれば、村の取り決めで、 無礼講で他人の畑でも刈り取りができる法度がありました。

 今回見られました「交雑種」も日野菜の花と異種類のかぶらの花との交配から生まれ育った物のようです。

トップに戻る